辰巳木柄製作所

伝統ってなんだろうと思った。

守るもので、継ぐもの。
先人たちの矜持や想いを守り、その技術を継ぐ。

そんなイメージで辰巳木柄製作所に足を踏み入れた。違和感を感じた。
伝統を語るとき、人は過去の話をする。そして未来への展望を最後に教えてくれる。

でもそれを語れて、伝統を体現しているのは、今このときを生きている人間だけだと思った。
目の前にいる若い職人の存在を見て見ぬふりをしている自分がいた。それが違和感の正体だった。
つまり伝統は過去ではなく、ましてや未来なんてものでもなく、現在にしか存在しないのだと気づいた。

日々生きている中で迷い、悩み、それでも生きていく。
それこそが伝統であり、今回の撮影のテーマにしようと思った。

写真という媒体がもつ一瞬を切り取るという特徴は、時に過去を語り、時にはそれを未来へと継ぐ。
図らずとも伝統の一端みたいな要素があると思う。
写真に写ってるのはいつも過去で、それを見るのはいつも未来だから。

でも僕が写真を撮るのは、過去を懐かしみたいからでも、歴史の証人になりたいわけでもなく、いまを生きる人間が幸せになって欲しいから。

歴史があるから素晴らしいのではなく、未来が明るいから賞賛されるのではない。
いまこの瞬間を生きる一人の若い職人が悩む、喜び、幸せを感じるから、伝統は尊いものだと知った。

この伝統が末永く続くことを心より願って。